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Moved So Move

曲や歌詞について考えます。アメブロから引越し中です。

「Girl A」[Alexandros] の歌詞解釈

今日は[Alexandros]の「Girl A」の歌詞の意味について

自己解釈を行ってみました。

 

この曲はシングルとして発売され、

ドラマ「サイレーン」の主題歌になっていた曲です。

 

11月7日に発売した[Alexandros]のアルバム、『EXIST!』にも収録されています。

このアルバム、かなり今までの彼らの音から飛躍している感じがします。

 

[Alexandros]と言えば疾走感のあるバンドサウンド!という印象でしたが、

 

今回はストリングスを使って音の幅も曲調の幅も広く、

1枚を同じアーティストが作っているのか?と疑いたくなるほどに

バラエティ豊かです!

 

 

 

さて、本題の『Girl A』について。

 

 

作詞作曲の洋平さん曰く、

元は「A Girl」だったのを入れ替えて、特別感を出したそうです。*1

 

 

『Girl A』/ [Alexandros] 

(作詞・作曲:川上洋平

 

 歌詞:http://j-lyric.net/artist/a058de1/l0380ce.html

 

 

 

 1番では、『彼女』の異質さが目立ちます。ミステリアスな雰囲気で、みんな興味あるけれど扱い方がわからず踏み込めない。

 

それが2番では忌み嫌うようになります。

 

Nobody knows about the

誰もかもが浮かれたって気づく

 

ミステリアスな彼女に対して魅力を感じていた自分たちの状態を、普通ではなく浮かれた状態だったと感じる、という意味だと捉えました。

 

これは、自分が理解できる範囲を超えたものに対して、理解できないから遠ざけているのではないかと思います。

 

だって、「嫌う」ではなく、「忌み嫌う」って相当な嫌い方です。

 

「こっちはせっかく心開いて仲良くしようとしているのに、頑なに自分の殻にこもって!お前なんかもう知らねえよ!」みたいな感じかな?

 

 

彼女自身も、周りとは違う風に居たい、という想いがあるように思います。

“誰かが定めた 

 色した あの風景の

 一部にはなりたくないから

 

一匹狼で周りとの関わりを自分から絶っている感じです。

 

でも、このとげとげしさの中に、内面の繊細さが見えます。

 

 

 

サビの “” は『彼女』の台詞だと思うのですが、

私がいなくたって

あの空が堕ちたって

あなたは生き続けるだろう

 とあります。

 

先ほど載せたSOLのリンクの中で、洋平さんは捧げる愛がテーマだと言っています。

 

私がいなくてもあなたの人生は続いていく。でもあなたが幸せならばそれだけでいい。

といったような、見返りを求めない愛。

(そもそも「愛」自体見返りを求めるものなのか、人によって解釈はちがうとは思いますが。)

 

洋平さん曰く、寂しさも悲しさもあるが、もっとそれよりも深いところを書いているそうです。

 

私は、そのもっと深いところという部分に、

「でもあなたの人生の中に少しでも私の爪痕を残したい」

といった『彼女』の想いを感じました。

 

 

ただ捧げる愛や、彼女がいなくなっても変わらない世界に対しての悲しさだけだったら、

こんな狂気じみた激しい曲調にはならないのでは?と思うからです。

 

 

 

 

 1番の“無邪気なあの朝に~二度と戻りはしないだろう” は、

あなたは私のことを忘れて(あるいは私といた過去は関係なく)生きていく という「あなた」目線。

 

最後のサビの“無邪気なあの朝に~あなたが生き続ければいい” は、

今も、これからも、あなたと居ることができなくても、

私の記憶の中であなたが生き続ければ良い という「私」目線なのかなと思いました。

 

 

 

つまり、

あなたは私がいなくても何の変わりもなく生きていく。でも、あなたが生き続けていてくれるだけで私は嬉しい。

私自身はあなたと居られなくても、私の記憶の中にあなたが残っているから大丈夫。

だけど、本当はあなたにも私がいなくなったことを少しは悲しんでほしい。いなくなったと気づいてほしい。

 

 

 

ということかな、と考えました。

 

 

 

大分偏った自己解釈になってしまったと思いますが、

解釈はそれぞれだ、ということでお願いします^^;

 

また日が経って改めて考えると、きっと違う解釈をするかもしれないので、

それもまた楽しみです!

 

では今回はここで。

長々とした文章をお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

www.youtube.com

クリープハイプ 「破花」 歌詞の自己解釈

今回はクリープハイプの「破花(はっか)」の歌詞の意味を考えました。



 

この曲は代々木ゼミナールのCMソングとして使われており、

受験をテーマに書かれています。

歌詞の中にも鉛筆で線を書くことが描かれていたり、[問]と[答]があったり、と

受験や何かに挑む様子がすぐに想像できるものになっています。

 

 

具体的に歌詞を見ていきます。

 

『破花』/ クリープハイプ

(作詞・作曲:尾崎世界観

 

歌詞:http://j-lyric.net/artist/a055e9b/l03977f.html

 

先が尖ってる芯が少しずつ丸くなる

真っ白な気持ちは書いた分だけ黒くなる

 

受験勉強って、合格やその先の進路に向けていろんなことを我慢したり辛い思いをしながらした覚えがあります。

 

そうやって辛い今を送っていると、

「どうして今こんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだ?

本当にその先は自分が求めるものなのか?」

 

なんて信用できなくなる。疑問が頭の中でふつふつと湧き上がってきます。

 

 

 

 

でもそれを外に吐き出さないと、もやもやしたままで苦しくなってしまう。

だから “大きく深く吐き出す” 。

 

【問】と【答】という歌詞の書き方も、尾崎さんさすがです。

 

 

 

どうして どうして どうして どうして どうして

疑う事で何か始まる

どうして どうして どうして どうして

信じる者は足を掬われる

白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで

白紙の海泳ぐ黒い線にいつか 真っ赤な花が咲くその日まで

通して

 

いつものクリープハイプ節ともいえる、反復の歌詞です!

 

“疑う事で何か始まる”、“信じる者は足を掬われる”

という歌詞を見て、

これは純粋だからゆえの言葉だなと感じました。

 

「信じる」が基本にあって、それが何度も裏切られてきたから、

疑う事の大事さを語っている。

また、どうして信じることは良いことなのに、

そんな者たちが裏切られなければならないのか、という怒り。

 

例えば「努力は必ず報われる」「信じれば夢は叶う」なんて言葉がありますが、

努力した人みんなが報われるわけじゃないし、信じたからって夢が叶う訳でもない。

もちろん、その努力とはどの程度のものなのか、人によって違うだろうけれど、

頑張ったからといってすべてが結果には繋がりません。

 

 

でも、それを分かった上で、

真っ赤な花=花丸がつくまで自分の信念を、信じてやっていることをやり通す。

花丸は、何が基準でつくのかはわかりません。

それが他人による評価だったり、自分が良いと思えるところだったり様々でしょう。

 

 

“真っ赤な花が咲くその日”=“いつか”

そんな日がいつ来るかもわからないけれど、来ると信じてやるしかないと言う事です。

 

 

2番です。

道に迷った分だけ範囲は狭くなる

後悔だらけの間違いを消した分だけ黒くなる

 

動き出した君の歴史 いつも今日に答えがある

動き出した君の歴史 いつも今日が答えになる

動き出した君の歴史 いつも今日が答えになるから

 

線を消しゴムで消せば消すほど跡が残って汚くなってしまう。そんな場面が浮かびます。

 

1番は見えない未来と今についてでしたが、

2番では過去と今です。

 

でも、そうやって後悔している過去も、「今日」を積み重ねてきた結果であり、

先の見えない未来も、1つずつ「今日」を積み重ねて生まれる結果です。

 

だから、未来を不安がっていないで、過去に後悔をしないで、

「今日」を生きることが大切なのです。

自分がコントロールできるのは「今」「今日」のことだけだから。

 

 

「今」が大事、なんて耳にタコができるくらい聞いてわかってたはずなのに、

尾崎さんの表現で、クリープハイプの演奏で、聴くと

言葉の染み方が格段に違います。

 

 

 

イントロの、何処か絡み合っているようで不安定なギターは

ジャケット写真の黒い線とぴったりだなと思いました。

 

「破花」の特設サイトもまだ残っているので、

ぜひ!

 

sp.universal-music.co.jp


クリープハイプ - 「破花」MUSIC VIDEO

 

星野源「恋」 歌詞の意味

今回は、星野源さんの「恋」の歌詞について自己解釈しました。

 

 水曜10時のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌です。

 

 

 

ドラマの面白さももちろんですが、

 

「恋」の曲自体も非常に素晴らしいです。

 

 

 

中国っぽいイントロで始まったかと思えば、

 

前作『YELLOW DANCER』から続くイエローミュージックの流れあり、

 

そして歌詞は『ばかのうた』のころの「老夫婦」や「茶碗」を思い出すような

 

日常を歌っていて、、、と

 

この一曲が星野源さんベストのようになっています。

 

 

 

ちなみに、イエローミュージックというのは、

 

ブラックミュージックと、日本人ならではの情緒あるポップスを融合させた音楽のことだそうです。

参考; 星野源『YELLOW DANCER』特設サイト

 

 

 

 

 

では、歌詞について書いていきます。

 

 

 

『恋』星野源
(作詞・作曲:星野源) 
 

     営みの 

     街が暮れたら色めき
 

 

夕方、それぞれが仕事や学校などが終わりオフを楽しむ時間になって、

 

ワクワクしている街の様子。

 

 

 

ただ、このワクワクの感じから一転、

 


     意味なんか 

     ないさ暮らしがあるだけ

     ただ腹を空かせて

     君の元へ帰るんだ
 

 

というのは、感情関係なく日常生活のルーティーンとして述べられています。

 

お腹が空いたから食べる、のと同じで

 

生理現象の一部として君の元に帰るようになっています。

 

 

 

つまり、君といる日常生活が当たり前になっているということです。

 

 

 

 

 

 

 

それに対してサビは、

 

当たり前だと思ってはいけないと歌っています。

 

(Bメロについては後程述べます)

 

 

     胸の中にあるもの

     いつか見えなくなるもの

     それは側にいること

     いつも思い出して
 

 

 

 

“胸の中にあるもの”、つまり恋という気持ちは

 

ずっと一緒にいると段々気づかなくなってしまう。

 

けれど当たり前なんてないのです。

 

それは、2番の歌詞の中にもでてきます。

 

 

     みにくいと

     秘めた思いは色づき 

     白鳥は運ぶわ

     当たり前を変えながら
 

 

今までは自分でみにくいと思っていたことも、

 

誰かに恋をしてからはそれが愛おしいものになった。

 

それまでの自分の当たり前や先入観が

 

恋をすることによってどんどん塗り替えられていきます。

 

 

 

恋には、予想外の事や、自分でも信じられないようなことをおもったり行動してしまう力がある、ということを表しているように思います。

 

 

 

この歌詞の中で、急に出てくる“白鳥”という単語は

 

“みにくい”という言葉の対になっていると考えました。

 

みにくいアヒルの子が綺麗な白鳥に変化したように、

 

みにくい想いは美しいものになった、という比喩です。

 

 

 

 

 

 2番のBメロには、


      恋せずにいられないな

 

 とあります。

 

 

 

なぜ恋せずにいられないのか。

 

それは、愛は恋から発展するからです。

 

 

 

 

 

私は、

 

 

 

恋・・・不安定で、自分本位なところがある 

 

愛・・・安定していて、見返りを求めずに相手を想う気持ち

 

 

 

と考えています。

 

 

 

愛は恋が進化したもの。

 

けれどその愛も、元を辿れば恋をしたという気持ち。

 

 

 

1番のBメロの、

 


     この世にいる誰も

     二人から
 

 

という歌詞も、

 

誰もが二人が愛し合った末に生まれた人、つまり原点は恋であるということを言っています。

 

 

 

愛も、私たち自身も、その原点は“恋”という感情。

 

だから恋せずにはいられないのです。

 

そして、そんな私たちの大本になっている感情だからこそ、

 

当たり前にしてはいけないと言っているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

さて、この曲の中で最も重要かつ最も気になるフレーズ

 


     夫婦を超えてゆけ
 

 

についても考えたいと思います。

 

 

 

最初に見た時、

 

タイトルが「恋」なのに「夫婦」?という疑問が浮かびました。

 

「夫婦」という言葉から連想するのは、恋よりも愛という言葉だったからです。 

 

ですが、先ほど述べたように、愛の原点は恋です。

 

つまり、夫婦になったからゴール、ではなくて

 

恋の不安定さやドキドキ感を通り過ぎ、2人が一緒に居る日常を生きる人々にも、

 

原点にある恋する気持ちを忘れずに!と歌っているように思います。

 

 

 

 

 

 

 

また、いくつか星野さんのインタビュー記事で見ましたが、

 

この曲で言う恋は、恋人、夫婦、などに限らず片想いや2次元のキャラクターに対してなど、

 

その対象はさまざまみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

事実婚で籍を入れていないカップルや、同性同士のカップル、

 

実在しない相手に想いを寄せる人、叶わない相手に恋をする人、など

 

いろんな恋の形があります。

 

 

 

だから、夫婦という既存の形にとらわれず、

 

どんな恋の形でもいいんだと肯定してくれるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の歌詞には、この


     夫婦を超えてゆけ
 

 

の後に、


     二人を超えてゆけ

     一人を超えてゆけ
 

 

 

 

とあります。

 

ここの解釈が相当難しいのですが、

 

原点 の考え方を使うと、

 

 

 

夫婦<二人<一人(原点)

 

という事ではないかと思います。

 

 

 

夫婦、という枠組みを超えた関係になる。

 

それは、もともと別の二人の人間だったから、

 

距離があったから恋をすることが出来た。

 

 

 

そしてその恋という気持ちは一人から生まれてきたもの。

 

 

 

すべての始まりは一人が恋をしたこと、です。

 

 

 

夫婦に当てはまらなくても、二人に当てはまらなくても、

 

一人には誰もが当てはまります。

 

恋をして、それまでの自分の中での当たり前が変わる。

 

自分の殻を破ってゆけ、そんな意味も含まれているかもしれません。

 

 

 

この“一人を超えてゆけ”という言葉は、

 

恋をするすべての人に向けられたものだと解釈できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり勝手な自己解釈になってしまいました。

 

また考えて他の解釈が浮かんだら、追記したいと思います^^

 

 

 

 

 

ちなみに、カップリングの「Drinking Dance」は

 

恋をしていない人に向けた歌だそうです。

 

 

 

この2曲で、全人類(すべての生き物)対象のCDですね!

 

 

 

 

 

新垣結衣さんが踊る、恋ダンスもめちゃくちゃ可愛くて何度も再生しています。

 

水曜日が楽しみです♪

 

 

 

では^^